古池日記

ちょっと立ってるだけで、もう、すぐ刺されっちゃうから
こんな草ボーボーなんだし、手入れしてないんだから
ほら、走っちゃ危ないよ。その辺に穴あっから
穴？・・・じゃなかった。池だ。・・・池があるから・・・。

俺も相当、悩んだんさ。売るか売らないか。どーすっかなぁーって。
ほら、今、お袋、あれじゃ話なんてできねーべ。すっかり肩落としちゃってさ
とにかく辺鄙なところだかんね。なにかと大変だよ。
んーでも、式が終わった後、子供と庭をぶらついてたらさ、見つけちゃったんだよ。大事なものをよ。
それ見たらさ、いろいろ思い出しちゃって、場所がどうとか、仕事とか、なんかどーでもよくなっちゃったんだよ。
ここ、いいぞー。いいとこだぞ。なーんも無いけどな。

あの木の横、変な穴あっぺ。 あれはさ、すげー、想い出が一杯詰った池なんだよ。
本当は忘れちゃなんねーのに、あれ見るまで、すっかり忘れてたよ。あの池と、そこに住んでた「怪物」をさ。そーいや、話したことなかったよなぁ。

あれは、そう、小学３年の夏休み。近所の公園で盆踊りやってっからっつーんで、行ったんさ。じーちゃんと。
じーちゃんってさ、俺には何でも買っちゃーんだよ。だから、まーず踊りゃしないで夜店の買いもん。なぁ、いっつも行ってた公園なんだきっとっか、全然ちがーんだよ。
提灯が点くとね、真赤でさ、もう浮き浮きだよ。こんだ、この店。こんだ、こっちっつってなっぺ。
気がつくとじーちゃん、いねーんだよ。だからじーちゃんのベルト握って歩ったんさ。

いろいろ買って、いろいろ食って、もう帰っかなぁなんて思ってたっくれ、公園の出口近くに金魚すくい発見して。１回、１回だけって、だだこねたっくれ、
「んーじゃ、しゃーんめ。１回だけだよ」って、でもこれが釣れねーんだよ。結局、何回やったんかなぁ、相当やったよ。んーでも、やっぱり釣れねーんで、お店のあんちゃんが「残念だったねぇ」っつって３匹くれたんだよ。
俺なんて、もう、半べそかいて「あんがとー」っつって言ったんさ

うちに持って帰って、とりあえず風呂場の洗面器に入れといたんだっきっとっか、すぐ一匹死んじゃって、
「こりゃ、こんなとこ入れといたら駄目だよ、弱っちゃー」って、じーちゃんが言うもんだっきっと、そのまんまにしてたら、また次の日に、もう１匹死んじゃってて。みんな、こんなすぐに死んじゃうんじゃ、やだなぁって思ってたっくれ、じーちゃんが「風呂桶に入れときな」っつって言ったんさ。んーでも、いつまでも入れとくわけにもいかんめ。お袋は「これじゃ、風呂焚けねー」っつって怒ってたんだきっと「１日、１日だけ。今日だけ。明日、水槽、自分で買ってくっから」って、その日は、全員風呂はおあずけ。
んで、朝、目が覚めっと、俺の部屋の前の庭から、ザクッザクッって音がすんだよ。な、なんだ。何やってんだ？って窓から覗いてみたっけ、うちのおやじだよ。穴掘ってんだよ。レンガまで買ってきちゃって、そーゆうのすっとこ、見たことねーから、何やってんのーって聞いたよ。そしたっくれ
「ほれ、ここ池、作ってやっから、金魚、ここで飼え」って・・・・・・・。
その池が完成したころ、夏休みは終わったんさ。

その池を作ってからしばらくは、金魚屋まで自転車飛ばして、エサ買ってきたりして世話してたんだきっとっか、まぁ、すぐ飽きちゃうんだよな。俺は。
学校から帰ると、ランドセル、ポーンと投げて友達とザリガニ釣り、ザリガニ闘わせたりな。
池の傍にザリガニの墓を作ったっつーのは憶えてんだっきっと、池は網が被さってたから覗こうともしなかったんさ。その後は、猫飼い始めたりなんだりで、池はただの庭の一部になっていったんさ。

高校３年の夏休みさ。誰もが自分の将来に不安と希望を抱くような、こんな時期に、俺もご多分に洩れず勉強は手付かず。日がな一日ボーッとしてっと、庭の方から、夜中んなったっくれ、ポチャポチャって水の音がしはじめたんさ。最初はそれほど気にもとめねーで過ごしてたんだきっと、夜中んなっと毎日毎日、不思議な感じの音が聴こえるんで、台所の懐中電灯持って池を見に行ったんさ。
夜は本当、真暗んなっから、ちょっと不気味なんさ、この庭。
んで、池は荒れ放題。水は浅くヘドロ状になってんだきっと、生き物がいたんさ。体長２０センチくらいの紅い魚がいたんさ。なんじゃ、これは！って目を疑ったそのとたん、俺の脳裏に１０年前、あの公園で金魚すくった記憶が蘇ってきて、懐かしさと同時に、このどうにも飽きっぽかった自分を責めたんさ。

この１０年。金魚は何も言わず、ただ悠々とこの池で泳ぎ、この１０年、孤独に自分の住処でしっかり成長してったその力強さが、そんな頃の俺には凄く逞しく見えてさ。そんで金魚と目が合った瞬間、どっからか
「大きくなったんべ」
って、もう、そん時は、亡なかったじーちゃんの声が聴こえたような気がしてな・・・。俺は思わず泣いたよ。

んで、翌日、金魚のことを親に話したら、親も相当びっくりしたみたいで池を覗きに行ったっくれ
「あら、随分、汚くて少ない水ね。これ、きれいにしてテレビに取材させましょー。きっと来るわよ。」
なんて浮かれちゃって・・・・・・・。
俺が居ない間に、水、全部、抜き替えちゃって・・・・・・・。

わかっちゃいなかったんだよ。生きてこられた理由が。
あの汚い水は食料源、あの水かさは猫から逃れるためだって。
結局、猫に殺られっちったんだきっと、猫が悪いんじゃねーんだよ。
あの世界を破戒したからなんさ。親もちょっと残念そうだったきっと「折角きれいにしたのにねぇ・・・」っつうばっかりでさ。早速、鯉なんて買ってきてたよ。

あれから、もう２０年だよ。早えーもんだな。
あの金魚は、１０年、短く感じたんかね。
俺はあれから成長したんかなぁなんて思うと、なんか疲れっちゃってんなぁって思うばっかりでさ。

今にして思えば、あの水かさは自然に出来上がったもんだか、じーちゃんが作ったもんだか、どっちかはよく判んねーんだよ。あれだけ浮かれて池の水、抜き替えたお袋も、今のすっかり気落としてたのを見てっと。
全然、いいよ。昔が全部いいわけじゃねーけど、今がいいとはいえねーべ。
そんで、このボロくなった家も庭も、人が住むのに丁度いい、あの池の水みたいなもんかもしんねーって思うと、あの記憶が教えてくれることは、あまりにも大きいんさ。
もう、周りの人も町も、あれからすっかり変わったのに、この家はほとんど変わってねーもん。ここでいいんだよ。きっと俺たちが住むのは。
疲れたなんてばっかり言ってんのも、ばかばかしいだろ。

この音・・・・・・。盆踊りの音じゃねーの？
きっと、あの公園だよ。
みんなで、金魚すくい行くべ。