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栄光の散歩道
| a: | まいんち(毎日)、まいんち、朝んなっと、俺が |
| b: | おめーが |
| a: | 顔洗ってったっくれ、向こうの方から何だか台車をガランコガランコ押してってく妙なじーさんが来んだよ。6時くらい。毎日毎日、同じ時間。毎日毎日。きれいに洗った真白いジャージで、真白い帽子。そんで真白い靴はいて、厳しい顔して、いっつも、歩ってくんだきっとっか、ありゃ何だい |
| b: | あれ?知んねーんけ |
| a: | あー、あ?知んねーな |
| b: | おめーが、ここに引越してきて何年だい? |
| a: | 何年かなぁ、もう10何年にはなっけど |
| b: | それっぽちじゃ分かんねーかな |
| a: | なーに、そんなに古いんけ? |
| b: | そーだ。ここいらじゃ、あの人んこと知んねーっつー奴なんかいねーよ。 |
| a: | ほー、そんで何者なの |
| b: | まぁ、立派な人だよ。 |
| a: | あー、そうだべなぁ。あんなに毎日毎日、よーく働いてんだもんね |
| b: | いやー、働いてるっつー訳じゃねーんだっきっともな |
| a: | はっ?んーでも、台車で何だか運んでっぺよ |
| b: | 運んじゃいっけど、運んでんじゃねーんだよ |
| a: | はぁーー?さっぱり訳わかんね。 |
| b: | いやぁ、だから、あれでも食ってるつー訳じゃねーんさ |
| a: | んじゃ、何。あれは、つまり趣味? |
| b: | いやー、ちょっと違う |
| a: | ちょっと違うっちゃ、まーた、何だか難しいんじゃねーの |
| b: | そーねー、だきっとか趣味っつたら、なんかちょっと失礼な感じすんだよねー |
| a: | そんなちゃんとしたもんでもねーべ |
| b: | いや!ちゃんとしたもんだよ |
| a: | あぁ・・・、わりーね。 |
| b: | そーだよ。あの人にとってみれば欠かすことのできねー日課みてーなもんだもんね |
| a: | はー、日課か |
| b: | まぁ、言うなればな |
| a: | ふーん、何でまた台車なんて押して歩くのがそんな日課になんの |
| b: | そりゃ、歴史があんだよ |
| b: | 毎日毎日だかんね |
| a: | あぁ毎日毎日だわね |
| b: | もう20年くらいにはなんじゃねーかなぁ。あれ押して。 |
| a: | はーーー、20年! |
| b: | そーだよ。 |
| a: | そんなになんけ |
| b: | そんなになんさ。 |
| a: | 何だい? |
| b: | そんで毎日毎日だよ。あの先生。 |
| a: | 先生? |
| b: | あの人、昔、体操の先生だったんさ。だから、ここいらの人はみんな、あの人のこと呼ぶとき「先生、先生」っつって言うんさ |
| a: | ほー、聞いたことねーよ。そんな言ってっとこをよ |
| b: | その前に、やってたことが実はもっと重要なんだよ |
| a: | 何、もっと逸話あんけ? |
| b: | そーだ。おめー、よく見たことあっけ?あの後姿をよ |
| a: | まぁー、俺んちの洗面所じゃ、あんま、よく見えねんだっきっとっか |
| b: | 背中 |
| a: | そういや、ゼッケン、ゼッケン付いてる。ゼッケン付いてる。それがどうかしたの |
| b: | それがどうかすっつぉ。ゼッケンっつったら、何だい? |
| a: | なんかの選手?ゲートボール? |
| b: | いや、ゲートボールじゃねーけど。ありゃな、昔、陸上の選手だったときに着けてた番号でよ。そりゃ現役の時は、もーすごかったっつーんだよね。「100米の武田」っつったら知らぬものがいねーっつーくらい、そりゃ速かったっつーんだよ。国体の県代表んなって、町は大応援。やーれ、旗はどうした、横断幕はーっつって |
| a: | まさに地域ぐるみだったわけね |
| b: | あぁ、そんで準決勝まではトップ。こりゃ優勝間違いねーっつって、誰もがそう言ってたんだきっとな。決勝で転んじゃって。 |
| a: | ありゃー |
| b: | なんか変な転び方してアキレス腱。ここパァーって |
| a: | 切っちゃったんけ |
| b: | 現役引退だよ。町はみんな、よーく頑張ったっつって泣いたんさ |
| a: | んで、その先生までやった人が、何で散歩すっとき、台車を押して歩ってんの?もっと何かやっことあっぺよ。選手だったんじゃ、やっぱりジョギングだとか何とかやんねーと格好つかねぇーんじゃねぇの? |
| b: | だから怪我でよ。 |
| a: | 転んで? |
| b: | それが思ったよりひどくて |
| a: | そんなに |
| b: | 年々悪くなって、本当は歩くのが精一杯なんさ |
| a: | そりゃ気の毒だわ |
| b: | そんだきっと、やっぱその何て言ちゅうかなぁ。選手時代のプライドっつーのがなぁ、先生を動かすんだなぁ |
| a: | そーか |
| b: | んーでも、歩けねーんだよ。支え無しには |
| a: | はぁ・・・ |
| b: | でも、杖を突いて歩ってんじゃ、なんかちっと格好つかねーって思ってんだんべ。そこで台車が出てくんだよ。 |
| a: | そこで台車か。 |
| b: | 荷物を運ぶ用事があるから台車を押しているんですよーっつうポーズだっつうことだよ |
| a: | か〜〜〜、なんだいそりゃ。プライド守るためにそこまでやってんけー |
| b: | まー、本人が直接言った訳じゃねーんだきっと、ここいらの人はみんな分かって黙ってんさ。 |
| a: | 随分と成熟した関係なんじゃねーんけ。 |
| b: | つまりそれが、この町で生きるっつーことなんだよ。 |
| a: | んー、この町で生きるかぁ・・・。 |
| b: | ここいらの人がみんな先生に挨拶すんの、今度、よく聞いてみな。「お仕事、大変ですね」っつってっから。 |
| a: | はぁ〜〜〜〜〜〜。 |