ジェントルさん

a:おやじ　／　b:おやじ　／　c:ジェントルさん
a:	あれ？
b:	ん？
a:	あれ、なんだい
b:	あーれ
ab:	久しぶりなんじゃねーの
b:	なんだい
a:	どーよ
b:	どーも
a:	こーもねーか
b:	ねーべぇ。こういう御時世なら
a:	かなわんね
b:	そーねぇ
a:	景気、悪ぃーね
ab:	どーなっちゃってんかねー
a:	まぁだめだね。あれ！？
b:	ん？
a:	なんじゃい、その時計？
b:	あ、これ？
a:	そーよー
b:	いーべー
a:	キラキラだんべよ。どーしたん？
b:	いーべーーー
a:	わかったよ。買ったん？
b:	いーや
a:	じゃ、拾ったん？
b:	いーや
a:	うそー、だめだよ。そーゆーことしちゃ。
b:	いやいや、違ーよ。
a:	なーに。
b:	貰ったんだよ
a:	うそだよ。くれる奴、いねーよ。こんな時代によ。
b:	いやいや、本当に。
a:	なんでぇ
b:	ま、ちょっとね
a:	ちょっと見せてみ
b:	ほーれ
a:	こりゃ、ただもんじゃねーよ！
b:	そーだよ
a:	なんだよ。ずりー、何処で貰ったん？
b:	飲み屋でね
a:	ママに？うっそー
b:	いや、ちがーよ。たまたまね。知り合った人にね
a:	その場で？
b:	いや、その場じゃねーけど、後でね。
a:	どーゆーことよ
b:	それがよ、変な奴でよ。とある話で意気投合してくっちゃべってたんだきっと、うちでゆっくり飲みましょーよー、なんつって言ーもんだから
a:	なーに、行ったんけ。危ねーなぁ
b:	いやーそんな感じじゃねーし
a:	んで、てみやげまで？
b:	そーよー
a:	なんだい、そいつは
b:	金持ち
a:	だべなぁ
b:	まぁ、なんつの、気品あるっつーの？
a:	小ギレーなの？
b:	いわゆる、ジェントルマンよ！！！
a:	そんだきっとも、なんで、そんな奴があの店に行くのよ。
b:	まぁまぁ、そりゃ人にはいろいろ理由があんのよ。
a:	んーでも　金持ちの店じゃぁねーよな
b:	いいから、まぁ聞けや。家に着くと、まずなぁ、門があんさ
a:	門？
b:	こんなの
a:	おぉ！！
b:	そんで、リモコン出してよ。ピーッて
a:	リモコン？リモコンで開けんの！？
b:	そーだよ。ゴーーーッてゆっくり開いてくんだよ
a:	ひゃー、すげー
b:	門から家まで３分はあったね
a:	３分！？門から家まで３分！？
b:	門から家まで
a:	さんぷーん。門から家まで
b:	ラップになっちゃってっぺよ
a:	なっちゃってっかな
b:	なっちゃってっつぉ
a:	そーんで？
b:	玄関、開けっと
a:	開けたっくれ
b:	ミロのヴィーナス
a:	来たーーー！出たよ。分かりやすいね。
b:	あー、と思うべ
a:	え？
b:	まぁ、ぱっと見、普通のヴィーナスなんだきっとも
a:	ほー
b:	ヒゲ
a:	え？
b:	ヒゲ？
a:	え？
b:	ヒゲ！
a:	え？
b:	ヒゲが付いてんのよ
a:	なんだいそりゃ、特注けー？
b:	特注だよ。だって、そんなの見たことあっけー？
a:	ねーよ。ある訳ねーべよ
b:	俺もびっくらこいたよ
a:	もしかして、そのジェントルさん
b:	稀代のヒゲコレクターよ！！
a:	あらぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・
a:	やっぱ、どっかにゃ居るとは思ってたんだきっとなぁ
b:	あぁ、居たんだわ。そんで上がって部屋ん中、案内されたんだっきっと、まぁ部屋は普通でよ。
a:	ありゃ、そーなの
b:	ソファーに腰かけて「まぁ酒でもどーです」なんつって取り出したのが”ジャックダニエル”
a:	いーなぁ
b:	もちろん、いいヒゲ付いてっぺよ。そんなの飲んだことねーから、すーぐ酔っちゃって。あー気持ちいいなぁ、なんて思ってたっくれ机の引き出しから、これ、出してきたんさ
a:	その時計
b:	ここよく見てみ
a:	はっ？あ、これ？
b:	このボタン
a:	なに、そのボタン？
b:	ここ押したっくれ、すげーことが起きたんさ
a:	何が起きたの？
b:	「そろそろ、お見せしたいものがあります」って、ポチッっと押したと思うと、サイドボードがゴーーって
a:	なーに、動きだしたの？
b:	そしたら秘密の書庫が出てきたわけよ
a:	どこまですげーんだいよ
b:	隠れた書庫には、本と絵画とポスターがずらっとあんだよ
a:	あんけー！？
b:	ポスターがすげーんだよなぁ。往年の
a:	昔の
b:	アイドルとか女優とか、あと、もちろん巨匠の絵にも、みんな手書きで
a:	手書きでって、何？
b:	集めるだけじゃ飽き足らねーで、ひとーつひとつ丁寧にヒゲを描き込んでんだよ！
a:	まじかよー、こりゃ重症だわ
C:	私が写真集を買いますでしょ。それは私にとっては白いキャンバスなのでございます。さぁ、ここにどんなヒゲを描こうか、思いをめぐらす訳です。それは、頭の中でクリエイティブな旅をしているようなものです。チョビヒゲから顎ヒゲ、顎ヒゲからもみあげ、そうした旅を続けるうちに、その顔に最もふさわしいヒゲが見つかる訳です。私は、それを描き込むのです！命を吹き込む！生命の誕生！素晴らしいでしょ！この書庫は、命の輝きに溢れています。眩しいでしょ、美しいでしょ。そうです。言い知れぬ愉悦とは、このことなのです！
b:	つって、熱く
a:	熱いなぁ
b:	恍惚の表情で語るんだよ
a:	あーうっとりしちゃってるわ
b:	俺よ、酔ってんのと、あんまりの訳わからなさで頭クラクラフラフラでよー
a:	俺までクラクラフラフラ〜〜〜〜〜だよ
b:	そんで、俺が驚いた顔見て、しばらくたったらポロって
a:	ポロって？
c:	でも、今日でこの旅も終わりにします
b:	って
a:	旅終えちゃうって、ヒゲ描くの辞めちゃーの？
a:	嗚呼、それで辞めてちゃ駄目だべ
b:	俺も立派なコレクションですよって、そこで辞めさせちゃー訳にはいかねーと思ってたんさ
a:	そーだよ
b:	だきっと「最近、私みたいな人間に世間は厳しいですから」って
a:	あー、引退考えてたんだ
b:	あぁ、それにもう一言、「ようやく、貴方みたいに理解してくれる人が現れましたから」って
a:	おめーがか
b:	俺も、俺じゃ役不足だろーと思ったんだきっと。「も、ヒゲの理由が分かった」って
a:	奥深い言葉だね
b:	そう、そんで、この時計、渡されたんさ
a:	そんじゃ、おめーが、その書庫の管理人って訳？
b:	そーゆーことになんね。んーでも、この時計じゃ門は開かねーし、もうきっと永遠にあの書庫が開くこたねーよ。
a:	んーでも、それは大切にしとけ
b:	そーするつもりだ。また、いつか、ジェントルさんに会うときまで！
a:	会うときまでなぁ！
b:	あぁ！
a:	んーでも、なんで、そんな金持ちが、あの飲み屋に来たんだ？
b:	あのママの顔
a:	あーーーーーーー！
b:	うっすら
ab:	ヒゲ〜〜〜〜〜！！
a:	生えてたわ